トウシュの年間映画365本 LIFE! (いつもと違って内容解説しています。超長いです。)

トウシュの年間映画365本

 

たぶん日本で一番映画に平等な視線を持ったわたくしが冷静な目で映画を観て感想を書くブログです。おわかりのとおり独善的なものいいで書きます。別に気になさらない様にお願いします。

 

【この記事は重大なネタバレを含みます。】

ついでにいうと観てない人には意味が全く伝わらないです。

 

『LIFE!』  個人評価☆3・5 予想評価☆4・0

どう感じるか、どう読み取るかは自由だが先入観からは解放される必要がある。

 

早速ですがあれですね。映画の感想。どう評価するかは個人の自由ですが、その評価について読み違えを指摘するのは無粋。という風潮があります。この世の中は勘違いで成り立っているのである程度はよろしいですが、自由な感想をあまりにも無敵なものにするとそれは表現の自由とは根本的に違うものになります。

 

この映画を観て旅に出たくなる。というのは分かります。そういう映画だと思います。ただ旅や日常からの解放を賛美する映画ではないです。これを混同して同一で語られている方が多いように思います。これは似て非なるもので映画を”読む”という行為からすれば誤りでしょう。非常に気に障る文章であることは自覚していますが、我慢してちょっと聞いて下さい。

 

この映画が賛美している事は別にあって、それは日々に感謝すること。日々を楽しむこと。日々に勤しむことであって、何も退屈な日常からの脱却ではありません。それだと逆です。

 

このブログの趣旨に反しますが、あまりにそうして評価が多かったせいでこの映画を今日まで後回しにしてしまったという私のメディアリテラシーの残念さ。と、この映画の読み違いのしやすさが気になったのでちょっと説明させてください。

 

最初の主人公は退屈な人間。終盤空港で主人公は何かをもった人間に変わります。この間で主人公は奇想天外な冒険をするので形式的には先ほどの論でも良い気がします。

 

ではなぜ違うのか。それはこの映画における真髄とは何だったのか。が説明しています。会社の前でネガを眺める主人公の日常の写真がその真髄ですね。 つまり彼の日常こそがこの映画における真髄の立ち位置なのですよ。

 

この映画はいわゆる大切なものは実は最初から持っていた。というタイプの物語です。母親の活躍。ピアノ。主人公のスケボーの才能。なんかがそれですし最初にもらった財布の中にネガがあるのもそう。持っている事に気づかない。もしくは持っているものの価値に気づかない。という暗喩が山ほどでてきました。

 

映画でも文学でも何でもこうしたギミックが配されたのにテーマ(主題)がこうしたギミックと逆になることはありえません。(アンチテーゼとして登場の場合はちょっとおいときます。)

 

つまりいろんな所を旅していろんな体験をしたけれど大切なものは既にほとんど持っている。というのがこの映画の基本構造です。旅はもちろん魅力的ですが日常と旅についてはこの映画においてはほぼ等価値のものとして描かれています。

 

主人公にとってもまた誰にとっても価値がわかりやすいものとして旅が描かれているのであって、旅>日々ではないということ。

 

因みにこの主人公の旅にはもう一つ工夫があって、彼の奇想天外な旅先には常に人がいるという構造です。泥酔した飛行機乗り、鮫と戦う船長。噴火から逃げまどう人々。族長との交渉シーンなど(雪山のヒョウを除きますが、)、つまり奇想天外な主人公の旅も他の誰かにとっては日常の延長ということが丁寧に何度も描かれています。

 

多くの物を観てきた偉大な写真家がその最高傑作(真髄)として撮影したのが主人公の日常。これが全てです。彼の冒険は彼が自分の価値に気づくためのもの。であって旅をすることで彼に価値がついたわけではないのです。後半の彼の変貌は自分の価値を見出したからこそであって、過酷な旅をして自信つけたという点が要点ではありません。

 

これの証明に追加する説明をすると、出会い系サイトについてが挙げられます。出会い系サイトでは冒険譚がもてはやされます。現に主人公の冒険譚も高く評価されます。じゃあやっぱ冒険が価値なんだ。というのは早計、主人公が好意を寄せる女性はそうしたサイトの人々には一度もウィンクをしなかった。ということが語られます。サイトの担当者は彼女は高望みだ。といいますがそれはミスリード。なぜなら彼女は最終的には主人公を選ぶので高望みとはいえません。映画としてのゴールが彼女ですから先の構造と同じに考えましょう。つまり旅でマッチョになった雰囲気の主人公にほれたのではなく何事にも真面目で一生懸命な主人公にすでに惚れていたのではないでしょうか。ついでに冒険譚に興味を示す女性に主人公が興味を持たないのも同様です。

 

また実はこの映画はゆるやかなネット批判。SNS批判でもあります。ネットで調べた内容は遠回りで母親に聞いた話が正解。という点だったり、写真家がいう『本当に大切な瞬間はカメラに邪魔をされたくない。』というセリフだったり。安易に止めろというわけではなくて、分かりやすい価値にだけ惑わされるのはよくないよ。という主張です。

 

ネットは便利。だけど母親の話にも耳を傾けよう。というようにこの映画はネットや旅など分かりやすい価値も肯定しているために非常に読み違いやすいのですよ。旅ばっかりではなくちゃんと地道にも生きよう。ってなわけです。

 

まとめると旅はいいものだけど日々の仕事を誠実にすることもいいこと。分かりやすい価値が自分にないからといって焦るのではなく、まず日々目の前の仕事に誠実に向き合いましょう。きっと誰かがみてくれています。そして何より自分と家族。近しい人を大切にという話です。(まとまってない。)

 

派手な冒険が面白いゆえにそこが主題だと捉えてしまいがちな映画ですが、まさしくその分かりやすい価値への忠告がこの映画の主題でもあったので説明いたしました。

 

え、違うだろ。こういう意味があるって、あーあーあー聞こえません。

だって映画の感想なんて自由でしょ。ほんとに無粋な人だあなたは!(錯乱)

 

個人評価は3・5点。年間ベスト10に入るかなという感じ。一般的にはかなり喜ばれるのではと想像して4・0点。実は全てが伏線。っていう映画なので見るたびに評価がかわりそうです。数年後は今世紀を代表する映画のひとつにしているかも!

 

長文駄文をお読みくださりありがとうございます。

あなたは私以来二人目の読了者です。因みにいま西暦何年ですか?

 

我ながら見事に妥当な点数です。